13年かけて青帯になったおじさんの話

ダイエット

SNSを見ていると、

「若い人に追い抜かれて心が折れそう」

「何年やっても昇帯しない」

そんな投稿を目にします。

そんな悩みを持っている人に伝えたいことがあります。

私は青帯になるまで13年かかりました。

この記事が、今も白帯で頑張っているサラリーマン柔術家の支えになればうれしいです。

こんな人に読んでほしい

  • 昇帯できずに悩んでいる人
  • 若い人たちに追い抜かれて落ち込んでいる人
  • 仕事や家庭と柔術を両立している人
  • 試合に出ようか迷っている白帯の人

なぜ13年もかかったのか

私が柔術を始めたのは2012年です。

気が付けば13年。

同じ頃に柔術を始めた仲間たちは、茶帯や紫帯はもちろん、黒帯になっている人もいます。

一方で私は白帯のまま。

もちろん道場に行けば、自分より後から入った人がどんどん強くなり、昇帯していきます。

焦らなかったと言えば嘘になります。

振り返ると、私の柔術人生は所属ジムだけでも3つ目です。

最初はGRABAKA赤羽

結婚後に盛岡へ転勤し、草柔会岩手に所属しました。

(現在、当時の草柔会岩手からは CARPE DIEM MORIOKA草柔会岩手 に分かれています。)

そして現在は THE BLACKBELT JAPAN に所属しています。

どのジムでも本当にお世話になりました。

この13年の間には結婚もありました。

転勤も2回ありました。

転勤先での生活基盤づくりやコロナ禍もあり、トータルでは4年近く休会していた時期があります。

また、柔術を続けていた時期も順調だったわけではありません。

仕事の関係で平日はほとんど練習できず、週末も行ける時と行けない時がありました。

若い頃のように週何回も練習する生活ではありませんでした。

そして体重も変わりました。

実は私が柔術を始めた理由の一つはダイエットでした。

当時の体重は80kg。

柔術を続ける中で72kgまで落ちました。

ところが結婚、転勤、仕事、コロナなど様々な出来事が重なり、気付けば今年は106kg。

柔術を始めた頃の私が106kgの私を見たら驚くと思います。

というか、多分信じないと思います。

だから昇帯が遅かったのも当然だと思います。

このブログを始めた理由

さすがに106kgはまずい。

そう思って始めたのがこのブログでした。

減量記録を公開しながら生活を見直し、もう一度試合へ出ることを目標にしました。

結果的に、その流れが11年ぶりの試合出場と今回の青帯につながりました。

それでも柔術に戻ってきた

振り返ると、「続けた」というより「戻ってきた」という表現の方が近い気がします。

毎週熱心に練習していたわけではありません。

ジムに所属しておらず、練習から離れていた時期もありました。

それでも柔術から離れていても、どこかでまたやりたいと思っていました。

その積み重ねが13年だったのだと思います。

11年ぶりに試合へ出た

転機になったのは試合でした。

当時の私は不摂生で体重も増え、体も硬くなっていました。

そんな時に、

「痩せよう」

と思ったこと。

仕事や生活のリズムが少し整ったこと。

そしてアキラさんから試合の声をかけてもらったこと。

いろいろなタイミングが重なって、

「今なら頑張れるかもしれない」

と思いました。

11年ぶりに試合へ出ようと思った経緯はこちらの記事にまとめています。

▼11年ぶりに試合へ出たきっかけ
https://dokimachi.com/jiu-jitsu-comeback-11years/

【柔術】11年ぶりの試合へ
1. あの日から11年4/26 THE 2ND SWEEP JIU JITSU CUP 2026 IN TOKYO に出場します。気がつけば、前回試合に出たのは2015年2月。当時はgrabakaに所属していて、まだ独身だった頃。実に11年...

試合後すぐに次の大会へ申し込んだ

久しぶりの試合は正直言って思うような内容ではありませんでした。

▼試合結果
https://dokimachi.com/jiu-jitsu-match-2026-loss-passivity/

【柔術試合レポ】11年ぶりの復帰戦はポイント負け。積極性に欠けた試合だった
2026年、11年ぶりに柔術の試合に出場してきました。結果はポイント負けです。出場したのはTHE 2ND SWEEP JIU JITSU CUP 2026 IN TOKYO会場は代々木第二体育館とても綺麗で、試合会場としての雰囲気はかなり良...

11年ぶりに挑戦したからこそ、自分の弱さがよく見えました。

だから試合が終わった直後に次の大会へエントリーしました。

COPA ALMAで2勝2敗

次に出場したのがCOPA ALMAでした。

▼大会の記事はこちら
https://dokimachi.com/copa-alma-ibaraki2026/

【COPA ALMA IBARAKI参戦】4試合で2勝2敗。それでも前回より動けた一日
今日は柔術の試合でした。参加したのは『COPA ALMA IBARAKI』。大会情報はこちら。ALUMA? ALMA?今回の会場はJSPI取手グリーンスポーツセンター今回は3カテゴリーにエントリーして、合計4試合でした。今回の結果アダルト白...

結果は2勝2敗。(金1個、銀2個)

自分なりにはやり切れた大会でした。

そして試合後日の練習後。

紺野さんから青帯をいただきました。

「この前の試合の結果を受けて、青帯に昇格です!」

その時の私の第一声は、

「ながっ!やっとだ〜!」

もちろんうれしかったです。

でもそれ以上に、

「本当に長かったな」

という気持ちでした。

たくさんの人の昇帯を見てきました。

だからこそ、自分の番が来た時は感慨深いものがありました。

家族の応援があったからここまで来られた

ここまで続けてこられたのは家族の応援があったからです。

試合に出ること。

練習に行くこと。

減量すること。

どれも家族の理解がなければできませんでした。

柔術は個人競技ですが、一人では続けられないものだと改めて感じました。

白帯サラリーマン柔術家へ

タイミングは人それぞれです。

仕事があります。

家庭があります。

怪我もあります。

家庭内予選という大きな壁もあります。

だから試合に出るかどうかは個人の判断です。

それでも私はおすすめしたいです。

白帯のサラリーマン柔術家の皆さん。

ぜひ試合に出てみてください。

挑戦してみてください。

きっとジムのみんなは、あなたが思っている以上に応援してくれます。

ジムのみんな

第11代DEEPフェザー級王者 神田コウヤ先生と

そして、

「ずっと白帯なんです」

と言っている人へ。

ずっとって、どれくらいですか?

私は13年です。

やっぱり長いです。

でも再開してみたら試合にも出られました。

そして青帯ももらえました。

あと、やっぱり青帯をもらうのはうれしいです。

だからまだ大丈夫です。

まとめ

私は青帯になるまで13年かかりました。

結婚もしました。

転勤もありました。

コロナもありました。

体重は72kgから106kgになりました。

試合にも11年出ませんでした。

決して順調な柔術人生ではありません。

それでももう一度やってみたら、試合にも出られました。

そして青帯もいただくことができました。

だから今、白帯で悩んでいるサラリーマン柔術家に伝えたいです。

焦らなくて大丈夫です。

周りと比べなくて大丈夫です。

自分のペースで続けてください。

私は13年かかりました。

だからまだ大丈夫です。

PS

青帯からは手首固めが解禁になります。

昇帯してからというもの、皆さんが私の手首を狙ってきます。

白帯の皆さん。

青帯はうれしいです。

でも手首の安全は保証されません。

お気を付けください。

おまけ(帯叩き)

※別で皆さんとの帯叩きの動画もあったのですが、そちらは私が上半身裸だったため規制に合いました。。

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